とりあえずブログ。Z

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丸い窓の向こうに・承

前回はブログのカテゴリ、小説からどうぞー。

まぁ正直誰も読まないだろうけどな! 書きかけの今ですら原稿用紙160枚あるしな!

――月夜、PART 02



 この再会は日が落ちる直前まで続いた。再会と言うには真昼とヤマナイばかりが話していて、どちらかと言えばそれに私が巻き込まれた形になるわけだけれど、それは気にしなくていいところだろう。また来ることを約束してその場は解散――帰り道は同じだけれど、とりあえず解散になった。

 暗くなる前に森は抜けられたけれど、すぐに夕焼けの赤は紫から藍色、そして黒へと変わっていく。そんな中、間隔の遠い街灯の明りを頼りに私達は道を歩いていた。

「そういや、こんな時間にここを歩くなんて初めてだよねー」

「そうだったっけか?」

「そうだってー。あたしはそりゃ結構してるけど、三人で歩くのは初めてかな。……昔は五時に帰らなくちゃいけなかったし」

 その割には、門限無視して私達を引きとめていた気がするけれど。私の記憶上では。

「……うん、こういうのもたまにはいいね?」

「……まあ、今日は雲も出て無いしな……」

 翔太が空を見上げて、真昼もそれを真似した。……一人で田んぼを見詰めるのも変なので、私もそれに倣う。

 街灯は夜空に邪魔だった。その周りの星は蛍光灯で消されてしまい、けれど、冬の大三角くらいは分かった。都市からは遠いこの町の数少ない利点だろう。――星が好きなわけでもない私が感動するくらい、空はとても綺麗だった。

「…………あ」

「何、どうしたの?」

 空を見上げながら洩らした声に気を止めたのだろう、真昼が視線をこちらによこした。

「……ん、ちょっと、公園に忘れ物しちゃって。取りに戻るから先行ってて」

「え、じゃあ一緒に――」

「大丈夫、取りに行くだけだから」

 言って、私は来た道を駆け戻る。持っていた鞄は胸に抱き、追いつかれないよう全力で。

振り返らずに走った。……もしかしたら、私のいきなりな行動に呆然としているのかもしれなくて、それは想像すればおかしなものだった。

 背後に真昼の声が聞こえて、それを聞こえないフリをして。

 誰にも向けて無い笑みを、こっそりと浮かべた。

「これくらいでいい、かな」

 振り返っても真昼たちは居ない。開けた場所なのに見えないということは、もう真昼たちが角を曲がってしまったのだろう。ここまで小走りで走ってきたけれど、もういいだろうか。

……走るのは得意じゃないし、率直に言えば嫌いだった。

 普段の足取りにリズムを戻していく。抱いていた鞄は右手に。ゆっくりと歩くのが自分のペースだ。団体行動では足を引っ張るそれは、けれど一人考え事をするのには丁度いい。

 だからだろう、私は今日の出来事を思い返していた――



 気付くのは、当然といえば当然だったのだろう。何せ同じ車両に乗っていた、随分昔からの馴染みだ。成長期だからと言って人相が変わるような変化も無く、そもそも学校で何度も見かけている。だから、文庫本を開いてそれを読み始める直前、私は真昼たちに気付いていた。

 だから、私は、知らないフリをした。

 終点まで二十分ほどだ。幸い距離もある。壁に寄って本で顔を隠せば気付かないで電車を降りるだろう、そう考えていた。舌を打ち、俯いて本を読んでいた。

 ――なのに、真昼はすぐに私に気付いて。有り合わせの素材で出来た回避策は作ったそばから瓦解してしまった。

「つっきーよっ!!」

名前を呼ばれるのは久しぶりだった。その声も、見上げた先のその顔も。

「やー、しかし久しぶりだね! 学校でもなんか会わないし!」

 それは当然だろう。何せ出来る限り真昼の生活圏には立ち寄らず、電車の時間もずらして、見かけたときすら逃げ隠れしていたのだから。

 有り体に言って――なんて言葉は必要ないだろう、私は真昼を避けていた。嫌いなわけではなく、ただ漠然と、かつ深刻に真昼が苦手なのだ。

 ここに来る道でもそうだった。

 ――でさ、フツーに現国の授業だったんだけど、いきなり派手に立ち上がってこうよ、『ザ・ワールドッ!!』」

「あの時は時間が止まったよなぁ……何だったんだろう一体」

「なんもなかったみたいに座っちゃったしね――時は止まったままだったけど」

 翔太と真昼が顔を合わせて、一瞬黙った後、オチがついたとばかりに笑い出す。

 合わせるように、曖昧に私も笑った。

 別に詰まらないから誤魔化しているわけじゃない。話自体は面白かったんだと思う。ただ、真昼のように笑うことは出来なかった。

 思えば、昔は真昼と同じように笑えていた気がする。多少はひねくれていただろう、けれど、年齢相応に私は子供染みていた。その頃は純粋だったのだ。……だから自分が良く分からない。

 真昼と同じように笑えていた昔の自分と、笑えもしない今の自分が繋がらない。

 そうなってしまったきっかけがどうしても私には思い出せず、だから私の喉元には、どうしようもない不安がこみ上げ続ける。

 それを噛み潰して歩いた。

 もう公園手前の森の前だ。

 日は既に落ち、街頭の灯りは木々にはじかれ足元にすら及ばない。けれどそんなもの、何の障害にすらならなかった。

 漠然と見える木々に手すら触れず、冬にも残るぬかるみの隣を踏んで、スカートの裾を濡らすなんてヘマすらしない。何度も通った道だ、星が無くたって歩いてみせる。

 森はすぐに終る。その先はスポットライトの灯りと、それに上から撫でられる不気味な遊具の群れ。地面すらアスファルトのように暗い、そこは夜の公園だった。

 その最奥、群れの王のように丸太小屋が建っている。――昼間なら気付かなかったのだろう、傍に立つ蛍光灯がここだけを重なるように照らしていることに。

「……あれ、月夜? 忘れ物でもしたのかな」

「真昼は居ないよ」

 妙なとぼけ方をするヤマナイを一言で制した。もうそんな必要は無いんだから。

「……どうしたの? さっきと全然違うよ?」

「嫌味?」

「そんなまさか」

 ……さっきも似たような事話した気がするな。

「そういえば、何? さっきの」

「さっきのって?」

「顔を見たいって、いつも会ってるのに」

「ああ――」言葉を貯めて、彼はきっと、向こう側で笑ったのだろう。

「――ああいうふうにしないと。だって、月夜はここに通ってなんていないんだから」



「ああ、そうそうコレ。頼まれてた本。あとこっちの本も面白かったからオススメ」

「わ、ありがとう! コレ前から気になってたんだ」

 鞄から取り出すのは三冊の文庫本だ。手元を見ることすらなく取り出せる。……元々、今日はこの本を私に来る予定だった。真昼に会わなくたって、私はここに来ていたのだ。

 一冊目――油絵の表紙のそれを無理矢理丸めて穴に差し入れる。……本には悪いのだろうけれど、こうでもしないと渡せない。他の物も同様に、丸めて穴に押し込んだ。抽象画の表紙が陰に隠れて消えていく。三冊目は薄くて丸めやすく、アニメタッチな女の子の絵がすぐに見えなくなった。……どれが自分のオススメなのかは黙秘します。

「ん、借りた本返すね。受け取って」

 言って、言葉と同時に向こう側から文庫本がねじ込まれる。擦る音と同時に丸められた本が見えて――うん、自分でやるのはいいけど他人が自分の本をこんな風にするのはちょっと不愉快。別にいいけれど。

「もういいの? この前貸したばっかりだけど」

「もう何度も読み返したから」

「ニートだもんね?」

「大分酷いことを言われた!? 」

 じゃあヒッキーと言ってもいい。似たようなものだしどちらでも当てはまるなコイツ。

「僕はこのシーンが好きだな。こう、浮気した主人公がヒロインにウェスタンラリアットからシャイニングウィザードを喰らって、昏倒しかけたところを逆ひしぎ十時決められて『タップタップタップー!! ゴングが鳴りましたがおおっとチャンピオン容赦無いー!!』」

「マニアックなところ突いてくるねー。私はその後の生コン注入シーンが萌えたー」

 まさか間接キスイベントのペットボトルをあんな風に使うなんて……! とドキドキしたのが記憶に新しい。でもまだ二度読みして無いんだよな……読んですぐに貸しちゃったから。

 本棚を見たらその人の人格が分かる、とは聞くけれど、なら私と彼は同じものなのだろう。私が持ってきた本を彼に渡し、返って来たそれを本棚に納める、そんなサイクルがいつものことになっていた。真昼も翔太も知らない、二人だけの秘密。

「……、こんな話し、真昼たちには聞かせられないね」

「……なんだか嬉しそうだね?」

「そう?」

 笑って、くるりと一回転。――うん、星が綺麗だ。

「秘密を持つのって好きだから。ほら、秘密が深ければ深いほど、それを知った時のリアクションが面白くて」

「愉快犯の思考だよねそれ」

「うるさい」

 いつもならここで、何か面白い言葉でも返してくれる――のに、ヤマナイは口を閉ざした。向こう側で何かを抑えているような、そんな空気。

 顔の見えない相手が何を考えているか、なんて普通はわからないのだろう。言葉はそこまで万能じゃない。なのにそれを感じるのは付き合いの長さだろうか、私の中には彼のイメージがしっかりと刻み込まれている。

 だからなんとなく分かった。……私は返す言葉をどこかで間違えていて、それはきっと彼が嫌な言葉だった。

「……、それにしても、今日はなんで三人で来たの?」

 誤魔化すためだろう、こんな言葉でヤマナイが話を断ち切る。

「さっきの話じゃないけどさ、こんな風に話してたらバレるよ? 真昼、ボケらっとしてるように見えて、案外聡いし」

「ボケらっとってなんだか新しいね……、いや、ちょっと油断しちゃって」

 いつもなら電車の中で鉢合わせ、なんてヘマはしない。それが起こったのはテスト期間の特殊なスケジュールと、自分自身の油断からだった。

「時間割と時刻表を照らし合わせて、二つ電車を遅らせたんだけどさ、真昼たち学校に残って無駄話してたんだって。――二時間ほど」

「一体その時間に何を……!?」

「さぁ、真昼って会話を回すの上手いから、それでじゃないかな。あるいはあいうえお作文」

「大喜利……!」

 そのへん、喋りの苦手な私には分からない分野だ。二時間なんて間が持たない。

「テスト期間外だと回避も楽になるんだけどねー。真昼たちは朝錬があるから私は遅刻ギリギリでいいし、放課後も部活あるから。私まっすぐ家に帰るから。帰宅部バンザイ!」

「……、真昼からは青春の匂いがしない……!」

「帰宅部にだって青春くらいあるよ! ツツジの花の蜜を吸ったり!」

「吸ってるんだ!?」

「いやごめんテンション高いところ申し訳ないけど吸ってない。さっきのは物の例えで」

 やったことが無いとは言わないけれど。今年の六月ごろに吸っちゃったとかそんなことも無いし、そもそもこの時期には咲いてない。

「それでまあ、忘れ物取りに来る振りして本を渡す、なんて手間を踏む羽目になりまして」

「人に会いに来るのを手間とか言わないで欲しい……」

「あ、ごめん。そういう意味じゃなくてね? 自分のヘマでこんな手順を踏むことになったのが手間ってだけで、別に……」

 会いに来るのは手間じゃない。それどころかその逆、とても楽しいことだった。

 歩いて十五分ほどの道のり。自転車を使わないのは、停めてある自転車で真昼にばれるのがイヤだったから。けれど、それだけじゃなくて。

 歩きながら空を眺めることが好きだった。田んぼの匂いや、森の移り変わり、季節によってまるで変わる風の感触も。

 それになにより、ヤマナイに会える期待感を楽しみたかった。

 何を話そう。貸した本は気に入ってくれただろうか? この本が合ったのなら同じ作者の本を薦めよう。

 学校であった話をしてもいい。友達は少ないけれど、数日に一度の再会に話せるくらいには話のネタがある。どうでもいい話だって、彼とすれば楽しいだろう。

 そんなことを考えて、それだけでなくなってしまう十五分すら愛しくて。

「……、どうか、したの?」

「べっ、別にどうもしないですよ!?」

「何故に敬語?」

「……なんとなく」

 言って、くるりと半周回った。

 多分、顔が赤いだろうから。

「じゃあ目的のものも渡したし、今日は帰るね?」

「ん。……なんだか、いつもより短いね?」

 鞄を持つ手を後ろに回して、無理矢理、小さな取っ手に両手を通した。

「今日はコレで二回目だし、ね。それじゃ、また」

「うん、絶対だよ?」

「ん、絶対。」

 後ろを向いたまま答えて、一歩ずつ歩き始めた。

 ゆっくりと、帰るのが勿体無くなりながら。















――月夜、PART 03



 公園からの帰り道は、嬉しいときもあれば、とても嫌なときだってあった。

 嬉しいのは余韻を楽しめるときだ。満足いくくらい会話を上手く進めたときや、ヤマナイが色んなことを話してくれたとき。それを頭の中で何度も回して、遊ぶように歩くのが好きだ。道の真ん中で回るくらいはご愛嬌。どうせ人の居ない道だ。

 嫌なときは、上手く言葉を使えなかったとき、それと私が失敗したとき。

 公園での短い時間は私の人生の焦点だ。普段はあやふやに過ぎ去っていく時間が公園で像を結ぶ。私の人生の中に公園のひと時があるのではなく、漠然とした言葉や想像や、潰すように使っている時間が公園で私の人生になっていく。

 作品や試合、テストでもいいし身体測定でもいい。そういったもの。その時の為に努力した行為が実を結ぶ瞬間。

 だから、今日の帰りは憂鬱なものだった。

 私は二つ失敗している。ヤマナイの前で言葉の運びを間違えたこと、そして真昼に捕まったこと。要らない色の絵の具が混ざればどんな名画だって落書きだ。そんな気分。

「……また、間違えちゃった」

 独り言は癖のようなものだ。そう考えながら舌を打つ。

……この舌打ちも、癖になってしまっている。

 上手くいかないことを、考えた。

 家から学校、教室から電車、駅から家。稀に本屋を挟むくらいの人生に、だけれど上手くいかないことはいくらでもある。朝起きれずにぼさぼさの髪で遅刻したことから、真昼に会ってしまったことまで。

 思い出したのは、ずっと昔のこと。小学校の演劇会。各クラスが文化祭で演劇をやる、教室の枠すら超えない小さなイベント。けれどそれが失敗したと言って、真昼は涙を滲ませた。

 端役だった私が、コケて舞台の真ん中に来てしまったからだろう。

 当然のように主役をやっていた真昼の邪魔をするように、勿論そんな気なんて全く無かったのだけれど、筋書きに沿わずスポットライトを浴びて。

 沢山の目に、私はあろうことか泣き出してしまった。

 クラスメイトはいい人だらけで、笑って許して、面白かったとまで言うけれど、でもそれは私の失敗だった。きっとその日に風邪でもひけばよかったのだろう。

 それから数年前の、両親の喧嘩。使われていた酷い言葉を覚えている。投げて割れた皿の模様まで。あれは私の好きだったキャラクターで、私は泣いて両親を止めて。

 両親も泣いて喧嘩がやむ、なんてことは無く私の腹に父のビールジョッキがめりこんだ。

 ………………、いつの間にか止まっている足を、小石を蹴るフリをして動かす。

「……、考えちゃ、駄目だ」

 舌を打つ。

「考えるな。考えるな、考えるな、考えるな考えるな考えるな考えるな――よし。」

 何事も無く、私は歩き始めた。

 考えることを止められるはずはなく、次に思うのは上手くいってる人のことだった。ろくに覚えていないクラスメイトが顔の無いままの姿で浮かんで、最後に浮かんだのが真昼。目玉の裏に焼きついて、離れてくれはしなかった。

 私がもし真昼なら、何もかもが上手くいくのだろう。適当に友達を作り、いつの間にかクラスの真ん中に立って、ふと気付いたら幸せで。

 なんて、馬鹿なんだろう。そんなことを信じてしまえそうなほど、私は真昼に憧れていた。真昼を殺せば真昼になれる、なんて誘われたら我慢できないに違いない。

 私は、ヤマナイが好きで。

 真昼はヤマナイが好きで、ヤマナイは真昼が好きだった。

 だから真昼を避けているのだと、そんなことに、こんなところで気付いてしまう。

 気付かなくてもいいことだから、私は気付かなかったのに。

 雲も無いのに雨が降って、私はそれを拭った。湿った指に長い髪がまとわりついて、その房をなぞるように腕を下ろした。拭ったはずの雨が、また、頬に当たっている。

「本当に、……雨なら、良かったのに」

 気付かないフリをして、帰り道を辿っていく私は。

 上手くいかないことと。

 翔太のことを、考えた。











――翔太、PART 01



 別に隠しているわけじゃないけれど、本を読むことが好きだった。学校に居るうちは真昼が五月蝿いし、読む暇も無いから、周囲には「本を読みそう」というイメージは持たれない。でも、本を読んでるところを見られると「ああ、そういや本を読んでそうだ!」なんて言われる辺り、そういうイメージなのだろう。あと言われるのは「眼鏡似合いそう」。そういうイメージなのだろう。

 そんな訳で、自分が本に触れるのは極稀だった。勉強後の一時間だとか、真昼が風邪で休んだときとか、それくらい。あとは今日みたいに、真昼に誘われない休日ぐらいだ。

 だからだろう。珍しい機会に珍しい日が重なって、珍しい人に会った。

「……月夜だよな、アレ」

 小説コーナーの端の端、隣の漫画コーナーと溶け合ったような場所に月夜の長い黒髪が見えた。一本一本が細いのか、平積みされた本を手に取るだけで、肩からこぼれて揺れている。

「………………」

 一瞬声をかけようとして、でも人違いだったら嫌だし止めた。代わりに、それとなく近づいてみる。さも「俺そのコーナーの新刊が買いたいので」みたいな感じに。

 横に立ってみると月夜の声が聞こえる。

「うわ、うわ、うわうわうわうわうわ……!!」

 怪しい人だった。

「うわ、なんでこの人こんなところで書いてるの……!? 一年くらい書いてなかったくせに、こんなマイナー作家誰が拾ってあげたんですか……!?」

「でかい呟きだな」

「……が、ぎゃあ!?」

 ………………………………おお。

 なんか人の喉から出にくい音がしたぞ今。

「あ、なんだ、翔太朗……?」

「……なんだって、お前のその口調がなんだ」

 男言葉で話す女の子っていうのはある程度身長がある元気な子がするからしっくりくるもので、お前みたいなちっちゃいのがするもんじゃない。

「……ああ、でも高橋はそれが萌えるっていってたなぁ……」

「……ッッ!? 何!? 誰高橋!?」

「ごめんなんでもない」

 まあどうせ噛んだんだろう、とさっきの珍発言に理由をつけておく。あとそういえば、高橋はロリババァ萌えとかほざいてたなぁ……。

「……翔太朗? どこを見てるの?」

「いや、あっちの方向に高橋が……」

「翔太が見てたの斜め上天井際だよ!?」

 ツッコんで月夜が俺の視線を追った。うん、なんだか面白い。真昼にイジられてる俺が言うのもなんだけど、こいつイジられ系だな。なんとなく。

 ていうか、こいつ今、翔太って言ったか?

「……翔太朗? どうかしたの?」

「いや、別に」

 単にツッコみにくかったからだろう、と結論しておく。

 周りの人はいつも翔太翔太と呼ぶから、そう呼ばれないことが逆に違和感になってしまっている。友人連中でこの名前を呼ばないのはコイツぐらいで、だから引っかかったんだろう。

 ……思い起こしてみると、昔は何度か翔太と呼ばれた気がする。その後決まって「翔太朗」と訂正する辺り、意識してそう呼ばないようにしているのかもしれない。失礼だと思っているのか、それとも、この仇名が嫌いなのか。

 仇名って言うほどのものでも無いけど。

 元の名前からの変形度は低いかわりに、呼びやすいし分かりやすいし、キワモノ臭もしないから丁度いい。

 ちなみに、まわりにはローリー(男)だの鎖骨(男)だの二の腕(男)など変なのがいて、そいつらの名前を呼ぶたびに、うん俺普通でよかった、と安心したりする。

「……翔太朗は、何買いに来たの?」

「ジャン・コクトー」

「生徒会長になるの……!?」

 なれないし。

「ちょっと興味があったから手をだしてみようかと。……すげぇなアレ、詩人かと思ってたら小説とか評論とか、映画にまで手ぇ出してやんの。作家っつーか、文章家なのかね?」

「そういう人多いよね。最近でもエッセイとか日記とか書く小説家さん多いし。なんて言うんだろう、言葉って文化の始まりだから、どの分野にも通じているのかな、有名ドラマとか映画とかって結構小説原作多いし、漫画アニメにまで影響与えちゃってるし! 小説って一番『人』を読んでいる感じがするからそれが私好きでさー」

「ごめんそんな話になると思ってなかったから次の話用意して無い」

 というか、こいつこんなキャラだったか……?

「あ、なんか私変な話しちゃって……!!」

「いや別にいいけど」

 ちなみに手広くやってる作家は結構苦手だったりする。小説は読んでもメディアミックスには手を出さない。原作が濁っちゃうっていうか、他人の目を通して本を読まされている感じがして気持ち悪いんだよなぁ……。

 どうでもいいけど。

「それより、もう目的は済んだの?」

「……ん、これ買ったら終わりだけど……何?」

「いや折角だし飯でも」

 時計は見当たらないけど、もう昼過ぎのはずだった。



「こちらでお食べになりますか? それともこちらでお持ち帰りになりますか?」

「えー……」

「お、お持ち帰りで……」

 月夜がそう言うと、レジのお姉さんが金額を口にした。

「これくらいなら俺払うよ」

「い、いいよ悪いし……! これくらいだからこそ払うし!」

「誘ったの俺だろ。どうしてもって言うなら後で払って」

 千円札を取り出し、三枚の硬貨を受け取る。店員はすぐに踵を返し飲物を作りにいく。その寸前、「あーあーカップルですかチクショウ死ねばいい」みたいな顔をしたのは見逃さない。

 違うし。

 あとこちらにお持ち帰りってどちらだ。

「でも、なんでテイクアウト? どっか別の場所で食うのか? まぁ確かに天気はいいけど」

「ん……こういう場所で食べるの、あんまり好きじゃなくて」

「分からなくは無いけど……」

 確かにこういう店って、誰もが好き勝手喋るせいかあまり落ち着かない、けど。

 正直、手間だよなぁ……。

「そうだ、ピクルス食べてくれる? あの変な味苦手で……」

「別にいいけど、ならピクルス抜きって言えばいいのに」

「そういうのって、なんか言いにくくない? ただでさえ忙しい時間帯だし……」

 それからピクルス抜きについて熱い議論を交わしている間に紙袋が並べられ、その度チラチラと呪いっぽい視線が送られてきたけど流した。だから違うし。

「ありがとうございましたー!」

 どことなくやけっぱちっぽい感謝の言葉を受けながら出入り口に向かった。ピークを過ぎ始めたのか並ぶ人は少なくなり始め、長い列に並んだ自分を振り返り、少し今の人が羨ましくなる。いや、先に並んだ分先に手に入れてるんだから、逆恨みみたいなもんかもしれないけど。

「で、どこで食う」

「えっと、このへんあんまり知らないから…………」

 じゃあなんでテイクアウト。

「んー、なら裏道の方かな。あっちなら人通り少ないからそのへんで食べても変な目で見られないし。あ、それとも公園とかの方がいい? ちょっと遠いけど」

「じゃ、じゃあ裏道で……。私どこでも食べられる人だし」

「んじゃあっちだ」

 性能のいい自動ドアは立ち止まることすら必要せずに開いてくれる。歩いて出る俺の隣を、仲のよさそうなカップルが通り過ぎていった。男が女の肩を抱いているのを見て思う、うん、カップルって言うのはああいうものだろう。

 店を出て気付くのは冬なのに多い買い物客の数だ。自分と同じ年頃の人間が多いのは、多分冬休みに入ったばかりだからだろう。そう長くは無い休みの為に、服飾品を揃えているのだ。

 店を出て右に曲がる。ここからしばらく行ったところに小道があり、そこを抜けてまた右に曲がれば、結構大きいビルがあるはずだった。確かその前には当たりに座れるような場所があったはず……と、考えて、月夜がついてきているかどうか不安になった。振り向くと、月夜はてこてこと足を早めてこちらを追って来ている。ハムスターとか子犬とか、まぁそんな感じ。

 しかし普段と代わり映えしない格好だなぁと、そんなことを思った。学校の制服はセーラーとプリーツスカートだけど、その格好とあまり印象が変わらない。スカートは申し訳程度にラインの入ったプリーツスカートだし、上はTシャツに厚手のパーカー、あとは地味な柄のマフラーだけ。その上に茶色のコートを羽織っていて、飾り気もなく、変ではないけど、そのへんの服を集めて適当にまとめただけの印象。自分の知り合いと比較すると、うん、地味だ。

 歩幅が違うもののそれほど離れてはおらず、すぐに月夜は追いついた。近くで見て、うん。やっぱ地味だ。

「…………どうしたの、立ち止まって」

「や、別に。冬の割には人通り多いなと思って」

 自分がそう返すと月夜はまた歩き出した。隣にまで追いついてきたところで自分も後を追い歩き出す。月夜を追い抜かないよう、歩調をすこし緩めて。

「まぁ、冬休み入ったばかりだしな、皆浮かれてるんだろうし。真昼も今日この辺で買い物してるはずだし」

「え……あ、そういえば今日は一緒じゃないんだね」

「ああ、なんか『女の子の買い物なんだよ!』とか言われて。だから今日は一人」

「ああ…………」

 月夜的には『女の子の買い物』でなんとなく意味が通じるらしい。顎に手を当てて小刻みな頷きを二回ほどした。

「でも意外。……翔太朗って、なんとなくいつも真昼と一緒っていうイメージがあったから」

「ワンセットみたいに言われても」

 けどそれ、クラスの奴らにも言われたことあるな……ということはそういうイメージが染み付いているのかもしれない。真昼と一緒っていうのはなんとなく嬉しいけど、交友関係が狭いといわれているような気もして微妙な気持ちになる。

「そう……だよね、うん」

 月夜が独り言のように呟いたとき、横道が見えて右に曲がった。マンションとウッドデッキのある居酒屋の間は、知らない人間なら道とすら気付かずに通り過ぎてしまうだろう。

 昼間なのにやや暗いのは太陽を隣のマンションが隠してしまうからだ。大通りにはあった日の暖かさが消え、冬の冷たい空気だけが残っている。夏より遥かに大きい陽光と影の温度差を感じ身を縮こまらせた。となりの月夜は自分より寒がりなのか、肩をすくませ腕を抱く。

 けれど、影に居たのはごく短い時間だった。元々建物二つ分ほどの長さしかない道を抜け広い通りに出る。左から差す日の光に、太陽が無ければ地球は凍えてしまうという話を思い出し、それが本当だったと実感する。

「言ってた場所ってどこ?」

「ここから左にちょっと行った所。ほら見えてるだろ? あそこだよ」

 指を差し、月夜の反応を待たずに歩き始めた。数歩駆けて月夜が隣に並ぶ。

 表通りと違い、あるのはオフィスや倉庫、あとは月極めの駐車場だ。表通りを支えているのがこの通りだと、根拠もなしに考える。

 人の通りは少ない。そして、歩く人の種類もまた大通りと違っていた。

 学生や子供連れが目立つ表通りと違い、スーツや作業着の率が非常に高い。二車線しか無い道はトラックばかり走っている。

「なんだかいきなり雰囲気変わるよね、ここ……」

「表からこっちってあまり来る機会が無いから、知らない人もいるかもな」

 ちなみに何故自分がそれを知っているかと言うと、真昼との買い物の帰りによく通るからだ。荷物が多いとき、大通りを歩くと人にぶつかりやすいので。自分ではなく真昼が。ガンガンに。

 目的地はすぐに見えてくる。周りより頭一つ高いビルの前庭、会社の看板を中心にサツキの植え込みが途切れ途切れに円を描く場所。休めるような場所の少ないこの通りで、珍しく座れる場所。そういえば、真昼ともここで食事をとったことがあった。そのときも自分は今と同じ柄の紙袋を持っていた気がする。

 一番近い植え込みの、座れるほど分厚い囲いに腰掛けた。丁度通りに向かうような位置だ。隣に紙袋を置き、正面を見れば、月夜が敷地に入る手前で足を止めていた。

「……? 何してんの」

「は、入って怒られないかな……」

 そういえば、ここは会社の敷地内で私有地なのだろう、けど

「大丈夫だろ、駄目だったら逃げればいいし」

 こんなことを素で考えられる辺り、多分自分は真昼に少し毒されている。

 いや、実際問題無いんだろうけど。ゴミを放置したら問題かもしれないけど、丁度いいことにすぐ傍にはゴミ箱があるし。会社内にゴミを持ち込ませないための配慮なんだろうけど、ゴミをゴミ箱に捨てちゃいけないことも無いだろうし快適に利用させてもらう。

 おそるおそる歩いてくる月夜を待つ間、袋を開けてハンバーガーと飲物を一つ、取り出して膝に置く。

「……んしょっと」

 微妙におばさんくさい声と共に、スカートを畳みながら月夜が座った。

「……何?」

「いや、女の子ってこうだよなあと」

「……?」

 月夜に食事を手渡しながら、自分は別のことを思い出していた。真昼はそのままどっかと勢いよく座ることが多い。スカートでもだ。奴は私服のスカートの下に短パンを履く猛者だ。

 紙袋から中身の残りを取り出し、膝に置いていく。メニューは季節限定のバーガーとポテトにコーヒー。付属しているスティックシュガーにミルクは無視。コーヒーにそんなものは無粋だ。蓋を外し、小さなスプーンで混ぜるのは熱を逃がすため。紙コップを隣に、バーガーの包みを剥がしながら、こういう季節ものってなんで頼んでしまうのかと、そんな事を考える。

 別にコレ、好きじゃないんだけど。

 包み紙を適当に折りたたんで、くわえようとし、ふと隣を見る。月夜が丁度パンズを剥がし、パテをそのパンズでめくり挙げる。そこにピクルスが覗いていた。

「……、えと、ピクルス、お願い出来る?」

「あいよ」

 二枚あったピクルスを、人差し指と中指で滑らせていく。他の部分に触らないよう気をつけながら、飛び出したそれを親指を使ってつまんだ。顔を上げ口に放り込む。

「ねぇ……翔太朗、ちょっと聞いていい?」

「? なんだ?」

「翔太朗って真昼が好きなんだよね?」

 吹いた。

 手に持っていたバーガーを取り落とし、斜めに落ちて形を崩す。ソースがズボンに付いたことすら確認する余裕が無い。飛び出したピクルスは歯の跡をつけたまま宙に軌跡を描いた。

 ああ……放物線ってこんなのなんだ……。

 涎のこぼれた口の端を拭う。

「な、何を何で何が何だ!?」

「隠さなくてもいいから。見たら分かるし」

「え、あ…………」

 そうか、そうなのか? そんなに分かりやすいのか?

「いつも一緒に居るし……気付いてるのかな、目が真昼を追ってるし」

「うわ……そうなんだ……」

「この前後ろから見てたけど、走った真昼の、翻ったスカートの、見えそうで見えない中身にそりゃあもう釘付けで、まるで舐めるような……」

「後ろから見てたら分からないだろう!?」

 あと中身とか言うな! 生々しいよ!

「えー……あー……」

「……ごめん、この話、しないほうが良かった?」

 そりゃあ。

 そりゃあ!

 月夜は気まずそうにジュースを啜っている。こっちが気まずいんだよ。

 スーツを着た女性が目の前を横切った。この微妙な空気に気付く事無く通り過ぎ、ビルの向こうに消えていく。

 ……ええと……。

 どうすればいいんだこの状況……。

 くそ。

 紙袋と落ちたハンバーガーをまとめてクズ籠に投げ込む。食べ物の扱いとしては最悪だけど諦めた。コーヒーだけを持ち立ち上がる。

「……どうしたの?」

「ちょっと付き合え」

 戸惑いながら月夜が立ち上がる。慌てて紙袋に食べかけのハンバーガーを仕舞い、逆の手にジュースを持った。それを見て俺は歩き始める。

「しょ、翔太朗!? どうしたの!?」

「すまん、ちょっと着いてきてくれ」

 目指すのはどこにでもある自販機だ。歩いて一分の距離にあるそれを覚えていた。


「翔太朗……? こんなところで、何を……」

 無視してポケットから財布を抜き出した。中身を見て、小銭を三枚注ぎ込む。

「くそ、いつものが無いな……」

 数秒悩んで、同じメーカーのメンソールを選んだ。ガコンと軽い音がして、落ちてくるそれを、取り出し口に差した手で掴む。

「だんだん少なくなってるんだよな自販機……未成年に買わせない為なんだから、正解っちゃ正解なんだろうけど」

 マイルドセブンの六ミリ、AQUAという銘柄の煙草。薄いビニールを剥ぎ、蓋を開いて銀紙を切り取る。一本取り出し口にくわえた。

「しょ、翔太…………それ、吸うの?」

「吸わなきゃくわえねぇよ」

 言葉遣いが荒くなっていると、自分で思った。素が出始めている。

 そうは言っても、こんなところで吸うわけにはいかない。人が少ないといっても居ないわけではない。それなりに人目につく。ビルの隙間、一人と半分が通れるくらいの場所に滑り込む。

「そこにいるとバレるから。こっち来てくれる?」

 女の子をこんな薄汚い場所に誘うのはいまいち好きになれないけれど、吸いたい気分にさせたのはそちらだ。逆恨みだけど我慢してもらおう。

 歩きながらライターを取り出し、寒い暗闇に火を灯すみたいに、ライターに火をつけた。それを啜るように煙草を吸い、肺を煙で満たす。

 一秒溜めて吐き出した。

 副流煙を乱す薄い煙が、ビルの隙間から差し込む光に煌いて消えていく。それを見届けて、もう一度煙を吸った。

「ふ、不良だ……」

「そういうのじゃなくたって煙草は吸えるんだよ。あと不良とか言うな。古い」

 戸惑ったままの月夜に、……ふと、小さな復讐心が涌く。大層なものでもない。傷を抉ってくれた人間に、些細な意趣返しをするだけだ。

「……お前も、アイツが好きなんだろ?」

 月夜が吹いた。女の子が吹くところを始めて見……た訳でも無いな、真昼は比較的よく吹く。

「な、何が何を何に何で!?」

「隠さなくてもいいから。見たら分かる」

「え、あ…………」

 疎遠な時期があったとはいえ、十数年の付き合いはそれなりのものだ。……それに、月夜が気付いていたのだ、自分が気付かないはずは無い。月夜は自分と同じにおいがする。

「気付いてんのかな、ヤマナイと一緒に居る時、いつも目が釘付けだよ」

「う……そうなんだ……」

「この前公園で見たとき、ヤマナイの腕を舐めるように見る視線が分かりやすく腕フェチっぷりを物語って……!」

「そういうの言うかな普通ー! あと腕フェチ違う!」

「さっき俺に言ったのと同じ様なもんだろう」

 というか意図的になぞらえたし。

 煙草を吸った。肺が痛む直前まで溜め、少しずつ煙を零していく。舌と、喉の奥に僅かな清涼感を伴った苦味が染みていく。

「……始まる前に終っているとか、多分、そんな感じなんだよなぁ……」

 言葉と共に、肺の中で薄まった煙を吐き出した。煙の混じらない空気を吸って、肺の中を空にするように残った煙を押し出す。

 もう一回吸った空気は、吐き出しても透明のままで、それを見てまたフィルター越しに煙を啜る。

 煙草の先の火が、表面の紙を撫でるように焼いた。

 コンクリートの壁にもたれ、口の端からだらだらと煙を洩らし、出てくるのは下らない言葉だ。

「ライターの火を種に、ちょっとの間燻って、煙で辺りを汚してさ。でもその火って、煙草を吸うためにつけたんじゃないんだよ。花火とか、焚き火とか、そんなものの為の火でさ。それを横から借りただけなのに、煙草には火がついて、それを保つためだけに煙を吸うんだ」

 真昼を好きなことに気付いたとき、もう真昼はヤマナイが好きだった。ヤマナイを好きになる前に自分が真昼を好きにさせたって、きっと真昼はヤマナイを好きになるんだろう。多分これはそういうものだ。ならヤマナイさえいなければ、なんてそんなことを考えるけれど、考えてどうなるものでもなければ考えていいことでも無い。

 ならせめて文句くらいはくれてやろう。幸せにしろだとか、そういう類の負け惜しみ。そんな台詞ならいくらでも浮かぶ。

 それはいい考えだと、そう思いながら、もう一息煙草を吸った。








――月夜、PART 04



「ライターの火を種に、ちょっとの間燻って、煙で辺りを汚してさ。でもその火って、煙草を吸うためにつけたんじゃないんだよ。花火とか、焚き火とか、そんなもののための火でさ。それを横から借りただけなのに、煙草には火がついて、それを保つためだけに煙を吸うんだ」

 それは。

 煙草を吸ったことの無い私には分からない比喩で、でも、意味だけは少し通じた。

 いつも考えていたことだったから。

 数少ない友人の誘いで、流行というには時代遅れな、昔の少女漫画を読んだことがある。主人公の女の子が恋人のいる先輩に恋をするお話。物語自体は面白く、キャラクターも魅力的で、でも、私は主人公にだけは感情移入が出来なかった。

 主人公は諦めなかった。当然だ、この物語は横恋慕がテーマで、だから主人公が諦めてしまえばそこでエンディングを迎えてしまう。努力して努力して、けれど結局は、事故で亡くなる恋人にすら、主人公は勝てなかったのだけれど。

 先輩に好きになってもらうために、好かれていなくても、彼女は思い人の隣に居続ける――なんて、そんなところでページは終わる。

「諦めない限り、結果はわからないじゃない!」

 主人公はこんな台詞をよく言っていて、だから、私は主人公に『入る』ことが出来なかった。

 好きになってはならなかった――なんて話じゃなくて。叶わない恋だった――なんてこともなく。諦めない限り、結果はわからないはずなのに。

 私は、諦めてしまっていた。

 告白が成功する可能性の小ささに、諦めて、でも可能性があるから好きで居続ける。

 それは多分、翔太朗の言った煙草の例えだ。私たちは燻る煙草だ。

 それが分かっていても、私たちは火を灯す。

「しかし、よくよく考えてみると恥ずかしい台詞だよねそれ」

「……ッ!?」

「煙草を片思いに例えているけど、でもそれただのニコチン中毒でしかも未成年」

「それはそうだけど酷いこと言うなぁ!」

 ……いや、シリアスな空気になりそうだったから、つい。

 翔太朗は手に持った煙草を一息吸い、そしてそのまま口に銜えた。そしてポケットに入れていた煙草のケースを振るう。数本が勢いよく飛び出したそれを私に差し出した。

「お前も吸うか?」

「い、いいよ私ニコ中じゃないし」

「ニコ中のような気はするけどな……。まあ、吸ってる所見られたから共犯扱いにしようかと思って。バレたらやばいし」

「自分で勝手に吸ったくせに……!」

「ホラ、銜えて」

 …………。

 突き出されたケースからは数本の煙草がフィルターを露出させていて、そのうちの一本を指ではさんだ。くわえると、薄荷ともミントともつかぬ香りが舌先に触れる。

「ホラ、火、点けるぞ」

 翔太朗の差し出すライターに、指と唇で固定した煙草を向けた。

「火をな、こう、吸うんだよ。じゃないと火が点かない」

 熱くないのだろうか、そんなことを考えながら火を吸った。ジジジと、煙草の先に火が点る。口内の粘膜をメンソールの煙が撫で、…………

「……? 煙草って、こんなのなんだ……。口の中苦い……」

 人差し指と中指で煙草を挟み、口元から離して煙の混じらない空気を吸う。

「……あれ、咽ないんだな、お前。煙草吸ったことあるの?」

「そんなのない、けど……」

 もう一息、煙草を吸った。

 口の中をくすぐるだけで、舌は清涼感の混ざった苦味が滲み、美味しさも無ければ、喫煙者の言うような安堵も無い。

「不味い……」

「……ああ、そうか、初めてなんだよなお前。肺に入れて無いんだろ」

「は……肺?」

「そ、肺」

 翔太朗は口元に手を当て、指の根元で挟んだ煙草を吸う。やけに美味そうに目を細めた。煙を全て吐かず、零しながら語る。

「煙を肺に入れるんだけど……出来ないかな、えーと……」

 翔太朗はしばらく考え込み、

「そう、煙を酸素だと思って吸ってみるんだ」

「酸素……」

「酸素。俺の体に煙が必要なんだーみたいな感じで、水から上がった直後みたいに思いっきり吸うんだ……!」

「思いっきり……」

 吸ってみた。

「…………! かっ、けはっがっがふごファ……!」

 思い切りむせた。

 煙が気管を通って肺に触れた途端、肺ごと口から零さんとばかりに咳き込む。それに合わせる様に腹筋が引きつり、その結果身を折ってしまう。脇に抱えた紙袋を取り落としそうだった。

「む、むせたじゃん! 言われたとおりにしたら!」

「うん、まぁそうなるよな……」

「分かってたんなら言ってよ!」

 体をくの字に折り曲げたまま、上目遣いに翔太朗を睨んだ。

「…………うん、そうなるよなぁ……」

 どこか残念そうな顔をしているのは何故でだろうか。

「……とりあえず、我慢して何度か吸ってみろよ。そのうちよくなってくるから」

 言われて、もう一息煙草を吸ってみる。

 指先に挟んだ煙草の、フィルターを通して煙が舌に触れた。そのまま喉に流し込み、……僅かに躊躇いながら肺に入れた。

 またむせたけれど、今度は軽い咳ようなもので、さっきみたいな酷い状態にはならない。

「ほら、もう一度」

「ん……」

 流されているなと、そんなことを思いながらも私が煙草を吸ったのは、翔太朗の話を聞いたからだろうか、それとも、私が煙草を吸いたいからなのだろうか。分からずに喉を通した煙草は、嚥下されること無く肺に染みていく。

 ふかしただけのものとは違う、僅かに色の薄い煙が吐息とともに吐き出された。それは頬を撫で、中空に溶けて消えていき、匂いだけがそれが「あった」のだと教える。

「そうそう、それで何回か吸ってみな。だんだん面白くなってくるから」

 面白く、という意味が分からなかった。肺は煙で見たされるたびにちくりとした痛みが満遍なく広がり、鼻腔にはむず痒さを覚え、目は白煙に触れるたび滲むような涙が出る。口の中は苦味と奇妙な清涼感がこびりついていて、こんなものを好む人はみな趣味が悪いのだろうと、そんなことを考える。

 一息、二息、三息。

 私が吸うたび、煙草を巻く紙に火がついていく。ジジジと音を立て、焼けた部分から順に灰となってパラパラと剥がれていく。煙草の輪郭を残した灰の塊が重力でしな垂れ、それが少し愉快で。

 小さく笑った私の震えで、先端の灰が花のように落ちた。

「あぁ、灰を落とすときはこう、」

 煙草を挟んだ手のひらをこちらにむけ、煙草の尻を上から下へ、親指の先で弾く。

「親指を使うと便利なんだよ」

「なんで煙草を落とす必要が?」

「そりゃお前、変なときに落ちて服にひっかかったらいやだろ」

 それはそうだ、と納得しながら煙草をもう一口。

 すると頭がくわんと揺れた。

 今までは小さすぎて気づかなかったのだろうその揺れは、気づいてしまえば意識の隅を陣取り、けれども貧血のような不快感は無い。倦怠感に近いのだろうか、目は眩まず、気分も良いのに、頭だけが揺れている妙な感覚だった。

「うわ……なんか、酔っ払ってるのに意識がはっきりしてるみたい……」

「ちょっと待て。お前酔っ払ったことあるのか」

「え、やっ、無いよ! あくまでも一般論であって!」

「いやそんだけ慌てられるとかえって怪しいんだけど」

「そんなこと無いよ!?」

「感想まで否定された……、ま、いいや」

 口の端だけで笑って、翔太朗は煙草をこちらに放り投げた。

 青いパッケージの煙草の箱は弧を描き、私はそれを慌てて取る。右手と体でなんとか受け止めて、硬質の紙で作られた箱は私の右手に収まり、その感触はどこか懐かしいそれだった。

「俺もう行くわ。それ、やるよ。やっぱりメンソールは合わないみたいだ」

 じゃあと翔太朗は踵を返し、困惑している私を置いて歩き始め、

「……と、そうそう、これ忘れてた」

 振り返り、安っぽいライターを投げて寄越した。一歩一歩と足を進め、今度は振り返る事無く、ビルの間から消えていく。

 こんなもの、見つかったらタダじゃすまない。どうしようか迷った挙句、捨てることは忍びなくて内ポケットに差し込んだ。

 手にはプラスチックのライターがある。側面に張られたシールを見て一つ呟いた。

「……これ、煙草に火をつけるためのものなんだ……」

 そこには警告だとか、高圧ガスだとか、煙草の点火専用だとかの注意書きがあり、それが煙草を吸うためのものであることと、煙草を吸ってしまったことを語られているようだった。

 路上喫煙禁止の条例を他人事に見ていたことが思い出される。

 なんでだろう、私はどうしようもなくなって、ビルの壁面に体を預けて。

 左胸の下に、コートの上から手を当てた。触れた指を弾く硬さと、押せば凹む柔らかさを伴った感触。そこには十八本の煙草がある。

 右手にはライター。

 それなら吸ってしまおうかと、私はコートの裏に手を伸ばした。

 それから私は、二本の煙草を灰にした。僅かに吸い残した葉とフィルターが足元に三本転がっている――いや、マナー違反なのは分かるのだけれど、手元に携帯灰皿が無かったのだ。まったく、翔太朗も携帯灰皿くらいくれれば良いのに……って、よくよく考えてみれば、翔太朗も携帯灰皿使ってなかったような……。いや、そんなもの持っていたら煙草吸ってますって宣言するようなものだけれど。

 そういう意味では、さっきの翔太朗みたいに現地で煙草を買って吸ったら誰かに押し付けるというのは理にかなった行動かもしれなかった。

 …………ってあれ……私生け贄にされた?

 生け贄にされたよ!?

























 重たい髪の一房を手にとって、口元に近づけてみる。

 ……わずかに、煙草の匂い。

 煙草を吸う人は匂いで分かる、なんて話を聞いたことはあったけれどまさか自分がそうなるとは思わなかった。気づかれないよう距離を置いて商店街を歩く。日の暮れはじめた道を買い物客たちが通り、その中に混じる私は、異物のように見えるのだろうか。

 談笑する集団の隙間を、目立たないようにすり抜けた。

 こういう場所を歩くのは嫌いだった。

 一人だけでは浮いてしまう。見られてはいないだろうか。笑われてるんじゃないか?

 周りの人々から感じる圧迫感。

 人には圧力があると思う。それは行動や会話から溢れ出し、周囲の小さな、私のような存在を緩やかな速度で押し潰してく。

 集団であれば尚更に、目から耳から肌から浸透し収縮させ中身から順に駄目にしていく。

 しゃがみ込みたい気持ちを抑え、なんでもないよと背を張りながら道を歩いた。もがくような足で、倒れそうになりながら。

 四方を集団に囲われて、そこから逃げ出そうと足を運び隙間を縫う。聞こえてくる会話に耳が腐ってしまいそうで、両手で塞いでしまいたくて。

 でも、そんなことをすれば潰されてしまうから。

 周囲の圧力に負けないコツは自分の圧力を高くすることだ。虚勢でもいいから、すまし顔で背筋を張って「普通」を装えば、それなりには体裁がつく。

 けれど耳を塞げば、しゃがんでしまえば、弱いところを見つけた圧力が私だけに襲い掛かるから。

 息は静かに。靴音のリズムを崩さずに歩くしかなくて。

 開いた両手は鞄の押さえに使った。

 そうやって、私は歩いていく。



 いつのまにか商店街の出入り口に辿り着いていた。それに気づくのが遅れたのは、きっと、下ばかり見ていたからだろう。顔を上げれば商店街に入れなかった店がちらほら見つかった。

 周囲の圧力もいつの間にか軽くなり、ようやく私は息をつく。

 そしてふと、真昼のことを考えた。

 真昼は圧力が高い。その上他の集団に溶け込めるような順応性も持ち、だからきっと、私のような苦労はしないですむのだろう。それは凄く羨ましいことで、

「つっくよー! 何やってんだこんなトコでー!!」

 そんなふうに、いつでも気楽に――

 って、え。

「うりゃー!」

 振り向くとそこには真昼が迫っていて、勢いよくガッツリとハグされる。

「ひひゃぁ!? ま、真昼何してん!?」

 噛んで関西弁みたくなってしまった。

「いや、つっきーが居たからつい」

「ついでこうなる意味が分からないよ!」

 振り向きざまに抱きつかれたせいで胸部と背中に腕が回されて、いやその、うん。

 詳しい描写は差し控えます。

 顔が遠いのが唯一の救いだけれど。

「……ん?」

 と、真昼が肩に手をかけ私の体を這い登り顔を近づけてきた。

「へ、え……!?」

 髪に触れ、その一房を掴み口元に近づける。

「……あの女の匂いがする……!」

「それ多分私の匂いだよ!」

 というかいきなり人の匂いを嗅がないでよ!

「……月夜、もしかして翔太と会ってたりした……?」

「……な……!?」

 匂いで誰と会ってたか分かるの!?

「……髪、煙草の匂いがする。翔太のとは違う匂いだけど、月夜の友達で喫煙者っていないと思うし」

「ああ……成程」

 ってあれ、ということは真昼は翔太朗の喫煙を知っているのだろうか。翔太朗の性格なら、真昼……というか周囲には秘密にしていそうだけれど。

「ああ、隠してるみたいなんだけどね、四六時中いるんだし……気付くっての」

 そう言った真昼は寂しそうに……じゃない、辛そう、でもなく。苦味を堪えているような顔をした。

「……ねぇ、真昼?」

「なに?」

「……それで、いつになったら離してくれるのかな……?」


――真昼、PART 02



「ところで、真昼はどうしてここにいるの?」

「ん、翔太から聞かなかったー? ちょっと、友達と買い物にね。あとゴハン」

「ふぅん……」

「冬物も安くなってきてるし、あと小物とか、アクセとか欲しくてさー」

「へぇ……」

「……あとコスメも欲しい色があってー……」

「そうなんだ……」

「それでシメに、近くに出来たカレー屋さん行ってこようと。なんか本格派らしくてさー」

「………………」

 いや。

 もう少しコミュニケーションとろうよ。

 しかし、久しぶりに月夜の私服見たな……。この前に見たのが中学三年の冬休みだから相当昔になる。その頃の月夜は母親に買ってもらった服を着ていたけど、今はどうなのだろう……いや、高校生になってまでそんなことしてるとは思えないけど。でもこの服装を見る限りじゃ、ありえない話でもなさそうだった。

 殆ど無地のTシャツ。プリーツスカートの丈は冬だということを差し置いても長く、下に履いた厚手のストッキングもぼてぼてとした印象。パーカーとコートを重ね着しているのが辛うじてお洒落と言えるかも知れないけれど、なんだかこう、まとまりすぎていてつまんない。

 せめてワンポイントなにか色物を着るとか、髪の色を抜いたりウェーブかけてみるとか……。

 うん、ウェーブは良い案かも知れない。月夜は長くて綺麗な髪してるから、そこにウェーブをかけてみればもう似合うこと間違いなしだ。素材はいいから眼鏡だけコンタクトにして、うすーくメイクして……

「……真昼、どうしたの?」

「ん、ゴメン、ちょっと考え事してて」

 そうすれば月夜は絶対にモテるな。文系女子がタイプな野郎がほっとかないに違いない。

性格いいし女子も面倒を見てくれることだろう、うん、

「月夜可愛いよ月夜」

「……!? いいいきなり何ヲ!?」

「慌ててるところもかわいいー萌へー」

 いや、からかってみただけなんだけど分かりやすいほどに慌てるなー、コイツ。

「つっきー、もしかしてソッチの気あったりする?」

「無いですよ!?」

「さっきも抱きついただけであんなに慌ててたしー、今もそんなに顔真っ赤にしてさ」

「私は普通に男が好きです!!」

「……そこまでストレートに言われると、なんかこっちが照れるね……」

 月夜は絶句して、胸の前で両手を握り締める。自分の言葉に動揺してる……。器用な真似を。

「……うん」

「ッ何!? まだ何か!?」

「別にー? それよりつっきーは何してたの?」

「あ……えと、本を買いに」

「ふぅん……月夜、本好きだもんねー」

「うん、真昼は何してたの?」

 ……おお。

「……真昼?」

「いやぁ、なんだかこう、犬がお手を覚えた瞬間っていうか、インコが言葉を喋ったっていうか」

 やっと月夜がコミュニケーションを取った。

 クララが立ったとか、そんな感じ。

「へへー、今日もヤマナイに会いに行くんだけどさ、ちょっと気合入れたくてねー、その為の服とか、色々と」

「そう、なんだ」

 真昼のその声と、言葉の裏にあるものを聞きながら、それでもあたしは笑った。

「そ、だから友達に付き合ってもらってね! りっちゃんとまっきーがそこの店で待ってるからさ、つっきー、またねー!」

 そう言って。

 月夜の言葉も待たずに去るあたしは、逃げてるように見えたのだろうか。

 一度振り向き、努めて明るくあたしは笑い、月夜に大きく手を振った。



 ぼんやりと考えたのは今日のこれからのだ。買い物が終ってからの、ヤマナイとのこと。

 今日の買い物は元々このためのものだった。や、他にも年末だし冬物安くなってるしコート欲しいし、とか、色々理由はあるんだけれど。

 でも、一番大きい理由はそれだ。

 もう今年が終り始めたこの時期に、うちの親は言い始めた――そうだ、京都、行こう。

 新年は京都で過ごそう、という事らしい。

 言い出して、すぐに会社に休みを貰ったらしい。一週間。それが練りに練った計画ならともかく、丁度一週間前だ――大丈夫なのかうちの親。そして会社。

 年末進行をさらに早めてのことらしいので今は残業の嵐だが自業自得だと思う。旅行の途中でトラブルが起きてとんぼ返りに2000ジンバブエドル。

 丁度いいきっかけだ、と思った。

 告白には。

 最初は夏がいいと考えていた告白も、今年は逃がしてしまったし――というか、毎年逃がしっぱなしだ。会うたびにいつだって。

 もう来年には、あたしは受験生になっている。もちろんここを離れるつもりは無いし、受験勉強なんかで公園での時間を無くすつもりはないけれど――可能性は減らしたくない。いつか学びたいことが出来るかもしれないし、それはヤマナイに関わりがあることかもしれない。なら、それを狭めるようなことはしたくなかった。

 それまでに、決着がつけたかったのだ。

 告白は今日。そして数日後に迫る終業式が終れば京都へ行く。告白してから答えを出されるまでなんて、あたしは何にも手がつけられなくてベッドでごろごろしているに決まっているし、もし答えを出されたとき、たとえどっちだとしても心を落ち着けるのには他の人より時間がかかるに決まってる。はしゃぎっぱなしか、凹みっぱなしかのどちらかだ。

 旅行ならはしゃいでいても目立たないだろうし、凹んだ心にはいい気分転換になるはずだ。

 ベッドでごろごろしてるよりはよっぽどいい。

 けれど、終業式まで待っていたら、あたしはまた逃げてしまうだろうから。

 だから今日、あたしは告白するのだ――

 なんて。

 考えているだけで、足が震えちゃってるわけなんですが――

「お、真昼、奇遇だな」

 いきなり肩に手を置かれた。

「……ち、痴漢――!!」

「ちがっ、違いますよ!? いや友達同士だしてかこの前お前に抱きつかれたよな!?」

「痴漢が衆目監視の中抱きつきますとか宣言してるー!!」

「いや、ちがっ、お向かいの交番からおまわりさん来てますからー!!」

 だって、あんなこと考えてるときにいきなり声かけられたら、ねぇ?

 通行客の多い夕焼け色の道、テンパっている翔太の隣で、青い制服の方々にどう説明するかを考えながら、あたしは笑って息を吸った。




「そういや、お前一人なのか? 他に誰か来るんじゃなかったっけか」

「あ、りっちゃんとまっきーが一緒だよー、ホントはたーちんも来るはずだったんだけどね」

「来てないんだ?」

「彼氏とらぶらぶしてくるらしい」

「らぶらぶ……」

「そ、らぶらぶ」

「らぶらぶなのか……」

「で、りっちゃんまっきーは」背後を親指で差し「あっち」

 指の先には雑貨屋がある。女の子向けのピンク色の店構えは暗がりの中煤けた赤に見えた。セロテープケースから花瓶食器に至るまで扱っている所だけど有名キャラクターの物はなく、個人でやっている店なんだろう。

「行かなくていいのか?」

 隣に並ぶ翔太がそんなことを言った。

「へ?」

「だから、雑貨屋。待ってるんじゃないのか? 買う物もあるんだろうし」

「いいよ、もうそろそろ二人も出てくるだろうし、ゆっくり見てる時間もないし」

 それに大した用があるわけでもなかったのだ。ただ、雑貨屋特有の空気は好きだった。見ていると楽しくなってくる気がする。それは沢山の小物に囲まれたときや、不思議な形のものを見て、それがある生活を想像するときに生まれるもので、

「……だから好きなのかな……」

「? 何か言ったか?」

「ん、小物の話。あたし変なカタチの小物好きだなーって、そういう話」

「確かに、右腕のカタチしたペンケース持ってきたときは正気を疑ったな……」

「かわいいでしょー!?」

「アレが可愛いんなら多分俺も可愛いな」

「翔太も手にとって愛でてたじゃん!」

「やけに質感がリアルで不気味だったな……なんで爪の剥がされた後まで作りこむんだよ……。どこで買ったんだあんなの」

「ここで」

「………………………………………………ッ!?」

 ぎょっとしたように振り返って、翔太は店から二三歩離れた。

「どうしたの?」

「いや……」

 呪われそうで、と呟く。

 動いた翔太があたしの斜め前、歩道側に立つ。

「そういえば……今日も公園に行くのか?」

 あたしはまだ、店の敷地、タイルで敷き詰められた軒下に居た。

「うん、翔太も来る? ……って言いたいところだけど、」

 夕日の最後の一筋が落ちていく。横からあたし達を照らしていたそれは一瞬だけ強く光り、切れた。夜が始まっていく。

「今日はね、……告白してくるから。一人で行かせてくれると嬉しいかな」

 がらんと、ドアのベルが鳴った。


























――月夜、PART 05



 夜の道を歩いていた。

 髪の一房を手に取る。口元に当てるけれど、煙草の匂いは落ちていた。

「大丈夫……だよね」

 シャツの胸元を引き寄せてまで確認する。うん、大丈夫だ。鞄まで違うものを持っている、気取られる心配は無い。

 ――あれから。月夜と別れた私は急いで帰り、シャワーを浴びてここに来ていた。葉の落ちた木々を寂しく思い、雪でも降ればいいと、そんなことを呟きながら歩いた。

 空を見上げる。

 街に居たときは雲が出ていたはずだけれど、流れてしまったのだろう、一つも見当たらない。それともここで見上げているから雲が無いのか、なんてそんなことを考えてしまって、馬鹿な自分の思考に笑った。ただ、雲でなく星なら、ここの方が綺麗に見えた。

 鞄の中には三冊の本がある。この前返してもらった本の続きと、家の本棚から一冊、それに今日買った新人の本がひとつ。最後に挙げた一冊はまだ読んでいない。電車の中で読む時間はあったけれど、そんな短い時間ではとても全部は読めない。それを言ったらきっと「読まなくていいの?」なんて聞かれるだろう、なんて返したらいいだろうか。そんな詰まらないことを考えたのに、何故かまた笑った。

 今日もまた、真昼はヤマナイに会いに来るのだろう。

今まで考えていなかったそのことを、考えた。

 それは考えるだけ辛いものだったはずなのに、今は僅かな笑みを浮かべる。……今日聞いた、翔太朗の話のせいかもしれない。

 燻る煙草の話。

 私達は燻る煙草だ。片思いとも少し違う、好きな人が居る人を好きになった私達は、それでもその人が好きで。なら仕方ないことじゃないか。どこへも行かないこの想いが、燻り続けているから。

 好きならば奪えば良いなんて、そんな言葉は出てこない。真昼とヤマナイは完成している。だからこれはきっと彼女達の物語で、私達は端役で、だから端役なりに物語と関わっていく。

 それでも好きでいようと思えた。

 諦めに似たこの感情の、下地は出来ていたのだろう。ただ諦めたくなかっただけで、諦めてしまえばそれは簡単なものだった。……この気持ちに至るまでに、三年もかかったのは自分でも笑ってしまうけれど。

 空を見上げてれば星空がある。それは雪に似ていても、降ってきはしなかった。

 雪の少ない土地なのだ、皮膚の奥に染みていくような寒さも雪には至らない。道には私の靴音だけが響いている。街灯の間隔は遠く、あるのは街灯と星空の光、靴音と乾いた森の匂い、それだけで、

 いや。

 ずっと遠くに赤い、蛍のような光が見える。

 それは煙草を銜えた人影で、

「……お、月夜か」

 翔太朗だった。さっき会った時と同じ格好をしている。

「……ところで、なんでお前は街灯に隠れてるんだ?」

「……いや、変質者かと思って……」

「今のお前の方が大分変質者っぽいけどな?」

 盾にしていた街灯から身を離し、邪魔だった髪を払って翔太朗の前に立つ。

「め、珍しいね……翔太朗一人でここにくるなんて。公園の帰り……?」

「ん、まぁ。月夜こそ、こんなところで……ああ、お前、公園に通ってたのか……」

 さもありなん、といった表情で頷く。

「い、いや違……ッ」

 そう否定しかけて、もう知られている事に気付いた。

「……どうしたんだお前、にやけてると気味が悪いぞ……」

「いや、ね……うん、誰かが好きなのを知られるって、恥ずかしいなぁ……って……」

 珍しく、素直な言葉が口から出た。真正面から見ることが出来ず、俯いた角度からそろそろと翔太を見上げた。

 酷く痛んだ目をして、翔太朗が立っていた。

「ふぅん……」

 手にある煙草を一息吸い、銜えたまま指を離す。からかいの言葉を想像していた私は息を止めて、目の端に翔太朗を入れたまま動けなくなって、

「悪い、今から嫌がらせする」

 ただ呆としていた。

「真昼、今日、ヤマナイに告白するってさ」

「へ……え……?」

「嫌がらせ、じゃないな。忠告とも違うし、宣告、勧告、箴言……じゃなくて、やっぱり、嫌がらせか」

 煙と共に吐き出されたのは、そんな言葉だった。

 私の横を通り過ぎ、手も振らず、銜えた煙草の副流煙だけが軌跡を残す。声もかけないうちに真っ暗な向こうへと消えていった。

 ……言い逃げか。

 私はまた歩き始める。舌打ちを一つして、揺れる鞄は煩わしかった。

 そんなことを言われても私は今日ヤマナイに会いに行くし、好きなことは変わらないし、大丈夫だし、

 なのに、靴裏が強くアスファルトを踏みつけた。

 膝は強く体を押し出し、歩幅は大きくなり、揺れる鞄をそのままに手を振った。

 いつのまにか、私は駆けている。

 息はすぐに乱れた。湿り気の白く見える吐息が、紫煙のように顔の横を流れていく。心拍で震える耳には呼吸が聞こえていた。

 何も考えられないまま走って、そうしてしまえば、公園の入り口はすぐそこで。

 森はもうそこにあって、木々の合間にいつもの獣道が見える。

 手を伸ばした。触れられる距離にある木に触れようとして、それすら出来ず、腕からは力が抜け肩からしな垂れる。

 一歩踏み出そうとした。さっきまで無闇に駆けていた足は疲労したのか動かずに、靴底はアスファルトと溶けてしまったように粘りつく感触を持った。

 大丈夫、なんかじゃなかった。

 諦める覚悟なんてなかった。そんなもの出来ていなかった。諦めるということを見詰めて、諦めた気になっているだけだった。

 目の前に告白なんていうものがあれば、泣き出してしまう程度のものだった。

 もしも願いが叶うのなら、今すぐここから消えてしまいたかった。きっと真昼はこれからここにくるのだろう。そして私に挨拶なんてして、笑いかけ、ことなげもなく公園に入っていくのだ。ぐずぐずに腐ってしまった私の心を優しげに踏みにじって気付かずにあの人と語るのだろう。

 真昼はきっと主人公だから。私の心になんて気付かないに違いない。心を知るなんて、そんなことを期待してもしょうがないのは分かっているけれど。

 そんなのは嫌だった。他の誰に会っても、真昼にだけは会いたくなかった。

 逃げ帰る歩みはやけに早く、先程まで動かなかったことが嘘みたいで、でも、決して軽くは無くて。

 ふと、煙草が吸いたくなって、ポケットを探った。




 季節は今より僅かに遅く、木々の葉は循環を止め赤く色付き、風は温かさを失って乾き始めた頃の話。

 その時、私は初めて『好き』という感情を目の当たりにし、だから――こんな風になってしまった。



「つーかーれーたーっ!」

「うん、だと思う……」

 私の横、小屋の前にあるベンチに真昼が腰掛けた。ヤマナイ穴を挟んで二人並ぶ形。

「……ていうかさ。私たち、もう中二だよ? 少し落ち着いたら……?」

「そんなん知らん」

「真昼の辞書に落ち着くって言葉はないの……?」

「ソンナンシラ~ン」

「なんでエセ外人風」

「ていうか、じゃあ中二らしい遊びって何よ」

 切り返され、私は少し考え、

「……えと、買い物とかお洒落とか、あとは趣味……?」

「お洒落とか、いっつも制服みたいな服着てるアンタに言われたくねー」

「う、うちは母さんがそんな服ばかり買ってくるからであって別に私の趣味じゃないし!」

「……いや、いい加減服くらい自分で選ぼうよ」

 だってお金ないし、それくらいなら本買うし。

 そう返すと、この話は終わりとばかりに真昼は空を見上げて、私はそれを追う。

 空気は僅かに冷たく、そのかわりに日がこちらを暖めてくれる秋の天気。空は高く、雲はまばらで、撫でるような光が公園を照らしていた。そうだ、確かこの日は学校から直接公園に来ていた。鞄を置くことすらせずまっすぐに。

「秋の空ってさ、なんだか近く感じるんだよねー、あたし」

 そう言って頭上に手をかざす。

 いや――空に、手を伸ばしているのか。

「別に秋に限った話じゃないんだけどさ、空って、落ちちゃいそうじゃない? こう、展望台から地面を見下ろしてる感じ。なんか遠くてさ、ひょんなことで落ちちゃいそう」

 私もまっすぐ空を見つめる。遠く、高い天井は、秋のせいか高度を増し手の届かないものに見えてしまった。……落ちていきそうとは思えなくても、落ちてきそうだと思えるくらいに。

 何となしに、手を伸ばした。

 高く上げた右腕は僅かに左側へと傾ぎ、私の視界の中心で手のひらを広げている。それはどこか、空を掴むようにも見え、指の間からは陽光が零れ落ちた。眩しさに動いた瞼は遠くのものを見るような、目を凝らすことと同じ動きで、

「……うん、ちょっと、分かるかも」

 珍しく返事はなく、二人揃って空を見上げた。

 私の視界の中央、広げた形の右手がある。端には真昼の右腕もあり、二人して空を望む様子は、誰かに見られれば酷く滑稽だろうとそんな事に気づいて――

 ――ぬるりと、二本の右手の間にもう一本、右手が生えた。

「――――ッ!!」

「……うわ……っ!!」

 絶句して硬直する私と、真昼が驚き振り返るのはほぼ同時だった。

「……いや、僕もずっとここにいたわけだし、そんなに驚かれると割と傷つく」

「そりゃびっくりするよ一言から出してよ! でも傷つけたのはごめんそういうのじゃなくいきなりすぎたというか!」

 腕で穴を埋めているせいか僅かにくぐもったヤマナイの声に、真昼は混乱しながら返した。一方、私は硬直したまま首を左に曲げるのが精一杯だったりして、この辺に性格の違いが出ている。

「べ、別にヤマナイだったらその……ちゃんと言ってくれれば、いいよ?」

「……何の話?」

 ここでボケが出るのかツッコミがでるのかもまた、性格の違いだろうか。

 何か違う気もするけれど。

 あははははは、と真昼は快活に笑い、それにつられてヤマナイも、私も笑った。ヤマナイの声は小さく、狭い室内で反響し地面から響いてくるような不気味なものであるけれど、何故か不思議と心地よい。

「……落ちていきそう、か……」

 二の腕の半ばまで穴から突き出し、肘から先をヤマナイは空に向ける。手の形は広げたそれではなく、指を絡ませ物を掴む寸前の、何かを欲しがるようなもので、

「僕は、分からないかな。ここからは空が見えないし――空に向かって手を伸ばしても、こんなふうにね、腕を出していれば外が見えない。どんな感じなのかな、うん、見ることは無理でも、知りたいとは思う」

 ……それは。

 例えるとしたらどんな心なのかと、考えがえて、思いつかず、私は言葉を失う。

「……ね、じゃあ、外出てみようよ」

 なのにそんな言葉を言える真昼は、どれほど無邪気なのだろうか。

 けれど、それは同時に何回も私たちの間で交わされた言葉でもあった。当然だ、子供だっていつかは気づいてしまうこと。まるで物語のようなこの公園の異質さは言われない限り分からないような類のものではなく、成長につれて知っていく世間の不条理や隣人の小さな悪意に似たものだ。例え子供の頃はそのまま飲み込んでしまっても、大人になれば知ってしまう。どうやって作ったのかすら分からない公園で、誰が作ったのかも分からない、どうやって生きているのか、何のためにそこに居るのかも分からない存在。子供の頃はまっすぐに聞けた気がした。

 今はもう、私には聞けないということだ。だから、ヤマナイの答えは真昼へのもので、

「うーん、そうだね、僕は狼なんだ」

 そんあまりにも嘘らしい言葉すら、私の手には入らない。

「……狼?」

「ん、狼。赤頭巾を食べないように、ここに閉じ込められたんだ」

「おばあさんは?」

「おばあさんが僕を閉じ込めたんだ」

「狩人は、ね、閉じ込められた僕を助けようとしてる」

 ぶつ切りになった短い会話は、端から聞いていれば単なる馬鹿な会話だ。面白くもない、意味の無さそうな言葉の連なり。でも私はその意味を知っていたし、つまり、ヤマナイと会話している真昼も知っているという事で。

 この会話もまた、いつも私たちの間で繰り返されてきたそれだ。

 ヤマナイはよく例え話をした。最初は意味が分からなかったそれも、重ねればその下地が見えてくる。最初に聞いたのは、やはり赤頭巾だった。桃太郎や七匹の羊、タイトルも分からないような童話をモチーフにしていた場合もある。その全てに共通しているのは主人公、そしてそれに怯え、閉じ込め、あるいは助ける人々だ。つまるところそれが彼を取り巻く世界の構図なのだろう……と思う。確証は無いけれど、でも、そういった共通の認識があった。

「ふぅん、狼なんだぁ……」

 ……端から聞いている限りは、ちょっと頭の中身が浮いてる会話だけれど。

「いつかは、出られるよね?」

「うーん、そうだなぁ……」

 ヤマナイは右手を穴から引っ込めて、頭を抱えて……いや想像だけれど、とにかく考え込むようにして、

「具体的に考えると、僕が死んだらそとに出さないと腐敗臭とかでひどい事になると思うから」

 一つ区切り、

「出られるんじゃないかな?」

「怖い事言うなぁー!!」

「ていうかそれ出る言わない!」

「……じゃぁなんて言うの?」

 ツッコミに質問をされてしまった。しばらく考えて、

「……出棺?」

「怖い事言うなぁー!!」

 この日は真昼にツッコまれる、珍しい一日だった。

 ここまでは、珍しい、けれどただの一日だった。



 いつの間にか日は暮れている。

 考えてみればもう日が遅くなる時期だ。今まで意識していなかった太陽の高さはいつの間にか低い軌道を描くようになっていて、その事実に何故か寂しさを覚える。

 それは例えば、ちょっとした終わりが見えてきているからなのかもしれない。中学二年の秋、教師は授業の合間に「受験」だとかいうキーワードを覗かせ、気の早いクラスメイトは近辺の学校について調べ始めている。それはあからさまに突きつけられている今の生活の終わりだ。部活をやっている人間はまだ少し猶予があるように思える。それは、何かやることがあれば誤魔化せるということなのだろう。それがない人には受験というものの持つ独特の匂いが、刃の鈍いナイフのように肌に押し付けられる。

 そんな時期だったからだろう、夕日は今までの日々を燃やし尽くしてしまうように思えた。

「ねぇ、月夜」

 隣には真昼がいた。自転車を押しているのは、歩いてここまで来た私に合わせてくれているのだろう。なんだったら置いて行ってくれてもいいのに、と少し申し訳ない気持ちになる。

 公園からの帰り道だった。まだ時間はあると真昼は渋っていたけれど、ヤマナイが無理矢理に帰したのだ。実際門限もあるだろうし、それが良かったのだろうけれど、真昼はまぁ当然のように不満たらたらだ。

 自転車をカラカラと回しながら声をかけてきた真昼に振り向く。

「……何、見てるの……?」

「ん……夕日見てた」

「んー……そうだよねぇ……メランコリックだよねぇ……」

「メランコリック……?」

 その時はまだ、その言葉の意味を知らなかった。ちなみにメランコリック、物思いに沈む、憂鬱とかいう意味らしい。ばっちりばれてた。

「なんだかさぁ……受験の荒波とか……これからどう部活内まとめてけばいいのかとかさぁ……」

「部長だっけ……大変そうだね……」

 隣を歩く真昼に話を合わせながら、同時に違和感も覚える。いつもの真昼と違い、気がそぞろというか、言葉と違う事を考えているように見えた。具体的に言えば三点リーダ多用、みたいな。

 何を言っているんだ私は。

「ねぇ……月夜?」

「ん?」

「告白って、されると嬉しいよね?」

「?」

 いまいち意味が分からない。

「告白したほうがいいよね!?」

 誰に。

「ええと……とりあえず、相手を選んだ方がいいんじゃないかな……」

「……それ、的確なようで的外れだよ……」

 じゃあ何を言えば。

 いつのまにか、私たちは森の道を抜けていた。左に立つ真昼の向こう、所々木の根が剥き出しになった断層と、そこから掘り下げられたのだろう、狩られた後の穂が整然と並んでいる。

 夕日は、森に遮られながら赤い木漏れ日をこちらに投げかけていた。地面に並行するように差し、大気を煌かせるその光に目を取られ、私はその時の真昼の顔を見ることが出来なかった。

「あたし……ヤマナイのことが、好きだ」

 振り向いたときには、もう遅くて。

「……へ……?」

「んー……なんていうか、最近じわじわと気付いちゃってさ。その、友達と話しているのとは違うというか――ああ何話してんだあたし! 恥ずかしッ!!」

 そんなこと――言わないでくれればよかったのに。

「……なんで、私に……?」

「いや、ほら、ヤマナイのこと知ってるのってあたし達だけだし、翔太にこんなこと話すのもなんだしさ……なんたって野郎だし。だから、月夜に」

 そんなことを言われてしまえば、気付いてしまうじゃないか。

「なんかこう、誰かに聞いてほしかったっていうか、あたし溜め込むのも苦手だし、溢るるあたしのパッションというか、うっわ恥っずー!!」

 よく分からない恥ずかしがり方をして、真昼は自転車を押しながら走り出した。勢いがついたところで器用に飛び乗り、そのままずっと遠くへ消えていく。

 それを見送る私は、置いていかれたようだった。一歩引いて見ている自分がいる。どこか遠い、距離も分からないほど遠くの何か。呆けてしまい、何を考えているのかすら、自覚できなくなってしまう。

 そうして立ち尽くしていると、一瞬、辺りが真っ赤に染まる。それは後ろからの光だ。振り向き、それが夕日の最後だと気付いて、すぐに沈んでしまう。

 公園を取り囲む森が、視界に入って。

 その中にある丸太小屋、そしてヤマナイを意識して。

 唐突に、気付いてしまう。

 真昼がヤマナイのことを好きなのが、嫌だった。そんなことを思ってしまう自分も、それによって今の関係が壊れてしまう事も、嫌だった。嫉妬よりももっと単純な感情、それを何と呼ぶか私は知らないけれど、多分それは知らなくていいもので。

 私が初めて覚えた『好き』という感情は、それがこの手に収まらないうちに、すえた匂いのする流動体となって指の間から零れていった。

 その粘つく感触に、私は絶望してしまっていた――。



 ――……んぁ……」

 朝だった。

 頭の向こうにある筈の時計を手探りで探し出し、煩わしい音が鳴らないようスイッチを切る。そのまま鷲づかみにして今の時間を見た。

「五時……半……?」

 窓を見ると、カーテンがあることを差し引いてさえ暗い。当然だ、この季節この時間にはまだ朝日さえ出ていない。なんでこんな時間に起きてしまったのかを考えて、

「うわ……昨日、あのまま寝ちゃったんだ……」

 布団をめくれば、昨日のままの服装だった。靴下すらも履いたまま、スカートに至ってはあられもなくめくれ上がっていた。誰が見るわけでもなく裾を押さえる。右足のふともも近くにまでずり下がってるショーツは無視する事にしよう。昨日お風呂に入ってないのだ、すぐにでもシャワーを浴びたい。

 ……そこまで無関係なことを考え続けているのは、昨日の事を思い出したくないからだ。昨日は――駄目だ、考えてはいけないことのはずなのに、一度意識してしまえばズルズルとそれが引きずり出される。

 昨日――ヤマナイに会うことすら出来ず、帰った私はそのまま部屋に入り、ベッドに倒れ伏した。手も洗わず、食事も取らずに。……そういえば、お腹も減っている。シャワーを浴びたら何かつまみ食いでもしよう。

 お腹も減って、シャワーも浴びず……そして昨日のことがあって、だから、あんな夢を見てしまうのだ。

 三年前の出来事。

 当時は何度も見ていたその夢も、今では滅多に見なくなったはずなのに……なんで、こんなときに限って見てしまうのだろう。まるで自傷だ、自分で自分に追い討ちをかけてしまっている。それとも……私自身が、それを望んでいるのだろうか。

 諦めるために。

 こんなにも、意地汚く執着してしまっているのに。





はーい誰も読んでねぇよとか思いつつとりあえずフォローしてみる。

いや、フォローじゃないけれども。

作品の中で言うなら起承転結の承のくだりになります。

……続きを載せるの、いつになるんだろうか。

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